部活動にかける想い
甲子園の感動話とその裏
つい先日、高校野球の日本一が決まりました。
試合は見れませんでしたが、両校とも予選からの全試合、お疲れ様でした。
今回話題になったのは、なんと言っても準優勝の金足農業ですよね。ほぼ全員が地元の中体連出身ってまるで漫画みたいなストーリーで、とても興奮しました!
一方で、優勝した大阪桐蔭の厳しい校則にも注目が集まりました。
↓こちらのツイートはツイッターでバズっていたので目にした人は多いかと思います。
大阪桐蔭は
— みなで@ただ今バズり中 (@homanon_1148) 2018年8月21日
・携帯電話禁止
・親との面会は2ヶ月に1回
・外出は月一回のコンビニのみ
今時の若者がこんな生活をしてまでここで野球をやることを望んで頑張ってるんだから、大差をつけて優勝しても心からおめでとう頑張ったと言いたい
↓それに対するリプライ
大阪桐蔭のこれ、選手への人権侵害も甚だしいのに美談にしたら駄目でしょ…。
— 大神@肉球新党 (@T_oogami) 2018年8月21日
こんなのを美談として持ち上げるような社会だから、ブラック企業が大手を振って歩くんだよ。 pic.twitter.com/FS6TvDa3XG
このように、「甲子園の感動話を美談で終わらせてはいけない」という意見が数多く見られました。
さらに、夏の甲子園については、開催前から多くの問題点が指摘されていました。
- 猛暑による熱中症の危険性
- 連戦による選手の疲労 etc...
これらの問題は、野球に限らず全ての運動部、(または吹奏楽部など文化部でも)起こりうる問題です。このような諸問題について解決が図られないことが、学校教育における部活動反対運動につながっているんだと思います。
部活動の正しいあり方
大阪桐蔭の問題に関するみなさんの反応は、生徒を徹底的に管理してその子たちの主体性は磨かれるのか、野球しかできない大人になってしまうのではないか、といった否定的なものでした。
僕は極めてドライな人間なので、そういう意見について、自分でその高校を選んだんでしょ?先がないのは自業自得じゃん、としか思いません。
しかし、部活動に本気で挑んでいる人間というものは、愚直で猪突猛進しがちです。3年先の結果を残すためだけに青春時代の全てを捧げ、浪人覚悟で最後の大会に挑む。
そんな子ども達ばかりなんです。
僕はそれが悪いことだとは思いません。
子ども達が自ら選択した人生で、自由にやらせてやりたいと思います。最悪そこからでもいくらでも人生はやり直せるし、それくらいの覚悟は彼ら彼女らは持っているはずです。
そこでそんな子ども達の進む道を尊重しながら少しだけ正してあげるのが、監督であり、顧問であり、親です。
具体的には難しいことばかりですが、僕の通っていた高校はそれを成し遂げていました。
僕は小学校からサッカーをやってきて、高校でもサッカー部でした。
全国大会にも出場する強豪校で、勉学も全員が怠らず文武両道を貫くという素晴らしい学校でした。
もちろん部活動を言い訳に勉強の手を抜くことは許されません。
僕が3年生の時の選手権にメンバー入りしていた人たちは、一人を残してほぼ全員が現役でGMARCH以上の大学に入学しました。
その一人も一年間浪人して慶應大学に合格しています。
高校時代の担任の先生に言ってもらった言葉があります。
「勉強と部活は車の両輪」
この言葉は今でも覚えています。
実感としても、運動した後の方が勉強に集中できる、なんてことありません?
僕は3年間この言葉を胸に、1月の高校サッカー選手権まで部活をやりきり、2月の入試で合格することができました。
当時のメディアにも、僕の高校は大いに取り上げられ、その独特な校風は話題を呼びました。
僕自身そのことに誇りを持っていますが、それが日本の部活動の中で異質なものであるうちはまだまだです。
文武両道が日本のスタンダードになること。
それが自然と日本のブラック部活動というものを正していきます。
まとめ
色々わちゃわちゃ書きましたが、大事なことはいくら部活動で優秀だろうと、特別扱いをされてはいけないということです。
普通の生徒として勉学に励み、級友と成長する。
部活動はそれを妨げるものではなく、相互に高め合うものでなければなりません。
そのためのサポートをするのが大人達で、そういう学校づくり、制度づくりをしていかなければいけないと思っています。
ちょっと熱中してたくさん書いてしまったので、続きはまた今度、、笑
ありがとうございました^_^