根拠のある教育を!

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〜教育について考えるブログ〜

経済学的に見る給特法の不自然さ

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こんにちは、しんです。

 

土曜日に発熱して週末はずっとダウンしてました、、

 

さて、今回は久しぶりに教育経済学について書こうと思います。

 

教育経済学と言ってもそんなに難しい話にはしないつもりなので安心して読んでください!笑

 

 

労働供給の決定

まずは「労働供給の決定」についてです。

 

これは僕が院試の勉強に使っている教科書に出てきたもので、「消費者行動」の部分に載ってました。

 

実はこのブログのポリシーは「経済学をわかりやすく簡単に」なので、今回はグラフを用意しました。

 

(いくつか数式が出てきますが、中学生の数学ができれば問題ないのであまり構えないでリラックスして読んでください)

 

これからある数式をグラフ化します。

 

式に出てくる文字は、

  • c 消費(consumption)
  • ℓ  労働時間(labor)
  • h 余暇時間(hour)

の3つです。

 

余暇時間というのは、24時間のうち、労働時間以外のすべての時間を指します。

この余暇時間を使って、ご飯を食べたり遊んだり、睡眠をとったりします。

 

消費はお金を使うことです。

この場合ではモデルをできるだけ簡単にするために、人は貯蓄をせずに稼いだお金をすべて消費に回すと仮定します。

 

そして、余暇時間と消費はともに人を幸せにするものとして、効用と呼ばれます。

 

この効用を最大化することがこのモデルでの生きる目的だとしてください。

 

時給は1000円で、労働時間×1000円が給与だとすると、

ℓ×1000=c

 という式が成り立ちます。(給与=消費)

 

この式だけなら、働けば働くほど(ℓが大きくなればなるほど)消費(c)が増えるので、24時間ずっと働き続けることが効用を最大化する条件になってしまいます。

 

ただし人間はそんなことができるようには作られていないので、余暇時間が必要です。

 

そこで、上の式に余暇時間(h)を入れてみます。

 

余暇は「労働以外のすべての時間」と定義したので、この人間の24時間は、「労働」と「余暇」のふたつの要素しかないことがわかりますよね。

 

つまり、「h+ℓ=24」です。

これを「ℓ=」の形に直すと、労働時間を「24-h」(余暇時間以外のすべての時間)と表すことができます。

 

そうすると、さっきの式は

(24-h)×1000=c

となります。

 

ここまでをグラフにすると、次のようになります。

縦軸と横軸はそれぞれ、効用である消費(c)と余暇(h)をとっています。

 

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この斜めの直線は余暇時間と消費の関係を表していて、24時間全て余暇時間に回すと消費はゼロ。

逆に余暇時間が1秒もなければ消費は24×1000=24000円。

 

さらに、このグラフに一本の曲線を引きます。

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この曲線は「無差別曲線」といって、同一の無差別曲線上は全て同じ効用であるという特徴があります。

 

つまり、効用とは消費と余暇の組み合わせで決まるので、同じ効用を達成する点をプロットしていくと無差別曲線が引けます。

 

詳しくは後述しますので、あんまり気にしないでください。

 

教員の労働供給

では、教員の場合はどのようなグラフになるのか見てみます。

 

一般的な教員の勤務時間が8時間だとしましょう。

すると余暇時間は24-8=16時間です。

 

勤務時間は8時間なので、給与(消費)は8000円。

ここまでをグラフにしたのがこちらです。

直線と無差別曲線が接しているこの状態がこのケースでの最適な労働供給だとしてください。

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ですが、教員は残業代が払われないため、実際はこのような線になります。↓

勤務時間が8時間を超えても給与は8000円のまま変わりません。

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労働時間が8時間ならいいのですが、それを超えるとどんどん無差別曲線から離れていってしまうので、効用は低下します。

 

過労死ラインでの労働供給

次に、時間外労働が激化し、過労死ラインに達した場合を考えます。

 

月80時間を過労死ラインとすると、1日あたりの残業時間は4時間になります。

(1ヶ月を4週間、1週間を平日5日として換算)

 

つまり、余暇時間も4時間減って、12時間になります。

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上のグラフでは、紫の点線で過労死ラインまで働いた場合の本来の労働供給の決定を表しています。

しかし、実際は残業代が出ないので、給与は12000円ではなく8000円のままです。

(教職調整額を加味したとしても、8000×1.04=8320円なので12000円には遠く及びません)

 

当然効用が最適ではないので、「もっとお金が欲しい!」「もっと休みたい!」という欲求が生まれます。

 

ここで、無差別曲線について少し説明を加えます。

 

無差別曲線はこのケースにおいて効用が最適化されるように描かれているので、それよりも内側(原点Oの近く)になればなるほど効用は下がります。

給料は減るし、余暇時間はなくなるし、とてもじゃないけど幸せになっているとは言えませんよね、、

 

逆に外側にはなりようがありません。

時給が1000円を超えちゃうことになるからです。

 

図で書くとこんなんです。↓

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ここまでで言えることは、「給与の面でも余暇時間の面でも残業することによって効用は下がる」ということです。

 

おわりに

今回はちょっとした数式やグラフを使って給特法の不自然さについて書きました。

 

色々と単純化して現実味のない計算だったかもしれませんが、それでもここまでのことが考察できます。

 

個人によってお金と余暇どちらを大切にするかは異なるので、実は無差別曲線は人によって異なる線になります。

 

「お金なんかいらないから休みたい!」って人もいるし、「ちょっとくらい辛くてもお金が欲しい!」って人もいるかもしれない。

 

ただし、そういういろんな人たちの意見を尊重した上で包括的に決められた労働時間が8時間だとしたなら、給特法がいかに非人道的な法であるかがわかります。

 

別に働きたい人はたくさん働けばいいと思いますが、「働かなければ仕事が終わらない」という環境はどうなんでしょう。

 

「残業するかしないか」も個人によって選べる時代が来ることを願っています。

 

(というか普通の会社ではすでに来ている)

 

ここまで読んでくれた方は、ご苦労様でした。笑

少しでも皆さんにわかりやすく書けていたら嬉しいです。

 

ありがとうございました!