教育はなんのため?『教育の外部性』
こんにちは。
前回のブログでちらっと書いた『教育の外部性』について、
「教育の外部性」
— しん@大学生/教育経済学 (@shin_catus) 2018年10月2日
次の記事のネタにします。笑 https://t.co/VGGepbxW3C
「教育の外部性って何?」
って質問が来たので、記事にします。笑
前回の記事はこちら↓↓↓
『外部性』とは
そもそも、『外部性』というのは経済学用語です。
『外部経済』とも言います。
外部性(がいぶせい、英: Externality)は、ある経済主体の意思決定(行為・経済活動)が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼすことをいう。(Wikipediaより引用)
外部性には、
- 正の外部性(外部経済)
- 負の外部性(外部不経済)
の2種類が存在します。
【正の外部性の場合】
イメージ的には、ある部門にエネルギーを注ぐと、意図せずともそのエネルギーが他部門のエネルギーを誘発する、って感じです。
【負の外部性の場合】
負の外部性を持つ場合は、他部門の負のエネルギーを誘発します。
負の外部性の例としてわかりやすいのは、公害です。
本来は工場側が自ら排出した有害物質の処理をするのが基本ですが、大気汚染や食物連鎖に乗っかって広がってしまった公害などは対処しきれません。
工場の〈生産〉という意思決定に対して、工場以外の経済主体が〈有害物質の処理〉という負の意思決定を押し付けられます。
ただ、『教育の外部性』については負の影響がほとんどないので心配なさらず。笑
「教育」の外部性
教育の外部性とは、辞書的な意味で言うなら
教育という意思決定が他の経済主体の意思決定に影響を及ぼす
ということです。
「経済主体」と堅苦しく言ってますが、そこはあまり気にせず「社会全体」と言い換えてもいいかもしれません。
教育を行うことが、社会全体にプラスの影響(正の外部性)を及ぼす
と再定義してみましょう。
これこそが「教育」が持つ外部性です。
なんとなくわかりますよね。笑
もっとわかりやすく、説得力を持たせるために具体例出しますね。
具体例① 《治安・文化》
教育による影響は、単に学力や業績にのみ関わりません。
学校で学ぶことにより、集団の中で行動する能力や物事の善悪を判断する力が備わります。
教育の外部性により、治安および文化的側面への正の影響が与えられることが知られています。
具体例②《知識の伝搬》
次に、専門的な教育を受けた新人が企業にやってきた場合を考えましょう。
新人が持つ専門知識はコミュニケーションを通じて企業の他の社員に伝わります。
そうして、個人への教育により企業全体の生産性が向上されることになります。
教育の便益を享受するのは個人?
以上、『教育の外部性』について書きました。
ではここで、「教育の便益を受けるのは誰?」という疑問について考えてみましょう。
ゾウリムシ並みに単純に考えるなら、
学校に通ってるのは個人だし、勉強するのも個人。
学費を払うのも主に個人で、行くか行かないかも個人の自由。
てことになります。
これが今の日本の教育に対する考え方と言えるかもしれません。
あなたは「教育の便益を受けるのは個人です」と言い切れますか?
この記事をここまで読んだからには、首を横に振ってほしいところです。笑
一般的に教育の正の外部性は大きいと考えられています。
ということは、
「教育が社会全体に与える影響は大きい」
と言い換えられますよね。
教育という意思決定を「スイッチ」と例えるなら、スイッチを押すことで歯車が回り出すように様々なところに影響が現れます。
本来教育から直接動かされるはずの歯車の他に、外部性として動かされる独立した歯車があります。
それが意図したものであるにしろないにしろ、プラスの効果があることは疑いようなしです。
だから前回書いたように、日本は教育にもっと予算を割いてもいいんじゃないのかなというのが結論です。
なんか段々ブログ書くのが下手になってる気もしますが、とりあえずこれからも続けます。笑
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
m(_ _)m
ご拝読ありがとうございました!